毎日gdgdと過ごす日々


by tlunar
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「終戦記念日」

今日は終戦記念日です。

日本の無条件降伏を継げた「玉音放送」から60年が経ちました。
戦争を開戦から終戦までリアルタイムで知っている人たちがだんだんと減り、その当時の状況を語ることが出来る人たちはさらに少なくなってきました。

お隣の国のために、「靖国神社」の問題や、「戦争責任」については連日取り上げられており、事実と虚構がごちゃ混ぜになった、先方の主張に対し反韓・反中の感情で脊椎反射するような人たちも数多く出てくるようになりました。

ただ、60年という節目を迎えて、今まで硬く口を閉ざしてきた戦争体験者達が、後世に語り伝えるために、戦争当時の思いを伝えようとする動きが出てきているのも確かです。
実際の体験者の言葉は非常に重いです、それは単なる1兵士や1国民としての言葉かも知れませんが、あの誰も幸せになることはなかった戦争が、どんな傷を作り、それがどんな意味を持っているのか、なぜ「戦争を起こしてはいけないのか」を心に刻んでくれます。

日本という国は、戦争を知らない平和ボケした国だといわれています。
ただ、それは太平洋戦争で受けた衝撃を日本という国が大事にしてきたからだと思うのです、自国で受けた傷を他国に負わせてはならないという、戒めを自らに課してきたからではないでしょうか。

しかし、序々にではありますが、自衛隊は戦争状態の地域に後方支援という形ではありますが派兵され、憲法9条の改正が議題に上がるようになり、もっと積極的な「自衛」を行うための組織として、自衛隊を「軍」として位置づけようとする動きが出てきているのも事実です。

現代社会において、植民地時代のような領土を目的とした「侵略戦争」はなりをひそめ、思想や民族の違いを主とした、小規模ではあるが解決しづらい諍いの様な戦争がいまの主流になっています、そこに現在の資本主義の権益をひっくりかえしたい「テロリスト」が油を注いで廻るというのが、簡略化された図式のような気がします。

昔ほど戦争の定義が単純ではなくなってきていますが、戦争は巨大な組織が合法的に行う大量殺人であることは間違いありません、一度戦争状態になってしまえば個人の思惑をすりつぶしながら、行くところまでいくしか道はなくなってしまいます。

いま、日本がおかれている幸せな「平和」という状況をいかに「世界」全体に広げていくべきか、無抵抗主義で「平和」を叫び続けたガンジーのように、それは痛みと、長い時間がかかることかもしれませんが、世界に対してそれを説き続けていくことが平和憲法を持つ国としての役割だと私は思います。


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by tlunar | 2005-08-15 13:31 | 日々想う事